シンポジウム趣旨説明

 

ジェンダー化された表象とフェミニズム

 

古久保さくら、荒木菜穂(コーディネーター)

 

 実在・非実在にかかわらず、表象としての「女性」がポスターや動画等に用いられることは常態化していますが、それが「フェミニスト」からのクレームによって炎上することも珍しくありません。その一方、抗議に対して、「表現の自由」という観点からの激しいバッシングが生じることもありがちです。歴史的にも繰り返されてきたこのような対立状況の中、2022 年度の日本女性学会大会のシンポジウムは「ジェンダー化された表象とフェミニズム」というテーマで開催します。女性たちはどのように表象されてきたのか、ジェンダー化されたその表象に対しどのような批判的解釈をしうるのか、歴史的に確認した上で現在の論争的な事例について考えてみたいと思います。フェミニズムはなぜそれらを批判し問題化してきたのか、そこでの議論からは何が見落とされてきたのか、こうした検討をふまえた上で、ジェンダー平等社会にふさわしい新しい表象や解釈を生み出す可能性についても考えてみたいと思います。

 パネリストには吉良智子さん、田中東子さん、前之園和喜さんをお迎えし、コーディネーターを荒木菜穂会員と古久保さくら会員が務めます。吉良智子さんには、女性の表象がどのように扱われてきたのか、ご自身の歴史研究の成果もふまえて、メディア研究における表象の意味づけ、批判的視点の理論的枠組みなどを中心に語っていただければと思います。田中東子さんには、従来の女性表象に対する第二波フェミニズム的な女性運動の批判にどのような課題があったのか、それを乗り越えたところで展開されつつある女性表象の可能性についても語っていただければと思います。前之園和喜さんには、若い世代の「萌えキャラファン」として、現状でのフェミニストからの批判について思うことを、具体的に、より説得的にお話しいただければと思っています。お三方を迎えてのシンポジウムを通して、女性表象をめぐる世代を超えた「知」の創造ができることを期待しています。 


各報告要旨

 

「ジェンダー化された表象」を読解する:ジェンダー美術史の視点から

吉良智子

 

近年主にオンライン上で起こるいわゆる「炎上」と呼ばれる現象は、ジェンダーと表象に関連したケースが多い。だが対象となる表現物に対してどのような見解を持つにしても、それを視覚表象分析からいかに捉えることができるのか、あるいはそれは社会に対してどのような接点や作用を持ちうるのかという視点はあまり意識されてないのではないだろうか。それこそがジェンダー化された表象をめぐる、フェミニズムと反フェミニズム間のかみ合わない議論や、両者のどちらにも参入しない多くのオーディエンスの存在を考える重要なポイントに見える。

 そこでまず、表象を解釈・分析することの意味や意義を、美術史研究およびメディア研究の成果に基づいて確認する。次に「ジェンダー化された表象」をジェンダー美術史の方法論を援用し、その表象の何がコンフリクトの焦点になっているのかを明らかにする。さらに1990年代後半の美術史・美術批評において、ジェンダー/フェミニズムの視点からの展覧会や研究に対して激しい批判が繰り広げられた「ジェンダー論争」と今日のジェンダー化された表象をめぐるコンフリクトとの共通点を探る。

最後に表象をめぐってそこに関わる作り手、注文主、受け手、そしてそれらを包括する社会との緊張関係の見取り図を示し、膠着化した議論を少しでも前進させるための足掛かりをつけたい。


「メディアと女性の表象:具体的事例からメディア文化理論まで」

田中東子

 

 本報告では、昨今SNS上で論争の的になっている、メディアコンテンツや広告におけるある種の女性表現について、いくつかの具体的事例を扱いつつデジタル化時代のメディア理論やメディア文化論の観点から、以下の4点について説明を試みる。第一に、シンポジウムの開催の意図と先行するお二人の発表を受けて、「メディアと女性の表象」というテーマの大まかな見取り図を示しつつ論点を整理してみる。第二に、女性表象に対する第二波フェミニズムによる運動の成果を踏まえ、従来型メディアにおけるステレオタイプ表象や女性を表現する言葉遣いの改善、ジェンダー平等なコンテンツ作りに向けた内部考査の徹底化などが見られたことを確認すると同時に、その限界について考える。第三に、ポピュラー文化領域での女性自身による自由な性表現(レディースコミックスなど)、男性性のモノ的消費(BL、女性の二次創作の過激化、男性アイドル受容など)、女による女の消費(百合作品)の文化領域が拡大し、「萌え絵」への批判があたかもダブルスタンダートのように見えてしまうという点を検討する。第四に、その後のメディア技術の変化およびアナログ媒体からデジタル媒体への変容によって、様様なコミュニティの境界線が消滅し、私的領域と公的領域のシームレス化といったメディア環境の刷新が起こったことを理論的に説明すると同時に、「女性の表象」をめぐる対話の困難さとそれを超える可能性について検討してみたい。


「美少女キャラ」炎上を再考する

前之園和喜

 

 本報告では、「美少女キャラ」、一般には「萌えキャラ」と呼ばれる、女性を描いたイラストを広告・広報に利用したことが問題とされた炎上事案をめぐる議論を整理し、その問題点と可能性を議論する。

主に「美少女キャラ」を批判する議論を参照しながら、「問題」とみなされて批判される要素を3つの軸から整理する。その3軸とは、第1に、胸などの部位を過剰に強調するなどの「性的な見た目であるか否か」の軸、第2に、キャラクターの役回りやコラボ元の作品の物語がジェンダー規範を再生産しているなど、見た目以外で「キャラや物語などに問題があるか否か」の軸、第3に、その広告・広報で用いられる女性が単なるアイキャッチャーではなく、「女性であることの意味や必然性があるか否か」の軸である。個々の事例を参照することで、炎上する「美少女キャラ」はこの3軸のいずれか、もしくはすべてで問題となる要素をともなっていることを確認する。

 「美少女キャラ」が創造され、描かれるさい、それがフィクションであるという性質から、必要以上に「女性の性的部位」や「女性らしさ」が強調される危険がある。しかし、すべての「美少女キャラ」がそのような問題を持っているわけではない。実際、「美少女キャラ」が用いられる広告・広報でも炎上しない事例が存在することは事実である。その事例は、先の3軸のいずれにおいても「問題」を抱えていないことを分析する。

炎上しない「美少女キャラ」があるとはいえ、それが「女性の表象」である点でまったく問題がないわけではないという大前提を念頭に置きつつ、「美少女キャラ」固有の問題そして可能性を探りたい。


パネリスト (50音順)

吉良智子(近代日本美術史・ジェンダー史)

日本女子大学学術研究員。東洋英和女学院大学ほか非常勤。アジア・太平洋戦争期を中心とした近代女性アーティストおよび人形作家、現代メディアにおける表象などを研究。著書『戦争と女性画家 もうひとつの「近代」美術』(ブリュッケ、2013年)、『女性画家たちの戦争』(平凡社、2015年)、論文「『女流美術家奉公隊』と《大東亜戦皇国婦女皆働之図》について」『美術史』(美術史学会、2002年10月)、「ハワイ・アリゾナ記念碑における日本の表象とジェンダー」『ジェンダー史学』(ジェンダー史学会、2017年12月)「近代日本における女性と人形制作――上村露子とその活動の再解釈」『人形玩具研究 かたち・あそび』(日本人形玩具学会、2018年3月)など。連載コラム「炎上考」(『東京新聞』夕刊隔週掲載、2021年1月-12月)ほか。

 

田中東子(メディア・スタディーズ、カルチュラル・スタディーズ)

東京大学大学院情報学環教授。第三波以降のフェミニズム、ポピュラー文化とジェンダー、メディア技術とフェミニズムなどを研究。著書『メディア文化とジェンダーの政治学-第三波フェミニズムの視点から』(世界思想社、2012年)、編著『出来事から学ぶカルチュラル・スタディーズ』(共編著、ナカニシヤ出版、2017年)、『私たちの「戦う姫、働く少女」』(共著、堀之内出版、2019年)、『ガールズ・メディア・スタディーズ』(編者、北樹出版、2021年)、翻訳に『ユニオンジャックに黒はない――人種と国民をめぐる文化政治』(ポール・ギルロイ著、共訳、月曜社、2017年)ほか多数。

 

前之園和喜(社会学・ジェンダー研究)

民間調査会社。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。メディアにおける性暴力、批判的男性性研究など。著書『性暴力をめぐる語りは何をもたらすのか――被害者非難と加害者の他者化』(勁草書房、2022年)、論文「アンケートで性別をどのように聞くべきか」『日本世論調査協会報 よろん』129号(日本世論調査協会、2022年)、共著『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた――あなたがあなたらしくいられるための29問』(佐藤文香監修・一橋大学社会学部佐藤文香ゼミ生一同、明石書店、2019年)など。

コーディネーター

古久保さくら(社会学・女性学)

大阪公立大学人権問題研究センター教員。高等教育における人権教育について実践・研究。論文「運動と研究の架橋ー世代の架橋としての教育の可能性」(『架橋するフェミニズム歴史・性・暴力』牟田和恵編、松香堂書店、2018年)、「キャンパス・ハラスメントの対応防止体制をめぐる一考察ーA大学2016年調査からみえてくるもの」(『人権問題研究』19号、2022年、大阪市立大学人権問題研究センター)ほか。

 

荒木菜穂(社会学・女性学)大学等非常勤講師。

フェミニズム的活動の実践について研究。論文「日本の草の根フェミニズムにおける『平場の組織論』と女性間の差異の調整」(『架橋するフェミニズム歴史・性・暴力』牟田和恵編、松香堂書店、2018年)、「『機動警察パトレイバー』と働く女性の未来」(『巨大ロボットの社会学: 戦後日本が生んだ想像力のゆくえ』池田太臣・木村至聖,・小島伸之編、法律文化社、2019年)「モザイク模様のフェミニズム~わたしとあなたの適度なシスターフッド」(『やわらかいフェミニズム』(仮題)河野貴代美編著、三一書房、2022年予定)ほか。